思考実験室

日々のつれづれ

「慣れ」の関係性:日暮キノコ『喰う寝るふたり 住むふたり』

 学生が社会人となり,ちょっとは落ち着いてきたであろうこの時期にこのマンガを読んではいけない.だって,同棲したいなという想いが膨らんでしまうから.また,本書はのんちゃん,リツコの二人の視点で一物語に対して描かれる,という点も非常に魅力がある.

喰う寝るふたり 住むふたり  1(ゼノンコミックス)

喰う寝るふたり 住むふたり 1(ゼノンコミックス)

男性:のんちゃん 女性:リツコ

 日暮キノコ『喰う寝るふたり 住むふたり』に登場するのはお互い職を持ち,経済的に自立している二人の同棲生活を描いている.「交際10年,同棲8年目.恋人以上,夫婦未満の男女の物語」と帯にある通り,本作では長期に及んで交際を続けてきた彼らの「慣れ」の姿が表現されている.

 例えば,「おなら」について描かれるシーン*1を取り上げよう.「おなら」とはそもそも自然な生理現象であり,「おなら」をしないことによって病気を招くとさえ言われている*2.いわば,「おなら」をしないこと抜きに人間の正常な活動は保証されない,といっても過言ではないだろう.  翻って現実をみてみよう.明らかに,家族(ここで家族とは,同じ家・場所で生活をする共同体としての名称として用いる)間で「おなら」をしてはいけない,という格律は社会通念と比べて緩くなっているであろう.すなわち,家族とは私的空間であり,緊張のない,安住の場所だということである.  「おなら」について,のんちゃんが「親しき仲にもマナーはねぇー」発言した後,「おなら」をしているが,そういった緩さがふたりの家族としての「慣れ」を表現しているといえる.

 また,第02話ではリツコが合コンに行くという物語が展開される.合コン自体には乗り気じゃないリツコと,合コンくらい行ったって同棲8年の実績があるからといって余裕を見せて(内心は嫌がりつつ)送り出すのんちゃんという構図.  リツコ編で心に象徴的なのが,合コン終わりにメルアドを聞いてくる男性を巻いて発した次のモノローグである.

心のバリア 強くなってんだな この8年で <<

その後帰宅し,のんちゃんと会うやいなや,次のモノローグを発する.

なんなんだ急に… 酔いが…

あ バリア解けた <<

二人の「慣れ」はここでも表現されている.「バリアが解けた」とは,私的領域への参入であり,ウチ/ソトの「/」を表すものとしてバリアという言葉が使われているのである.  信頼とはまた別の何かによって繋がって,それは「同士」であり「同志」としての関係性なのかも知れないが,だからこそ「慣れ」が発生し,この関係性を良いなと思える作品作りに仕上げている.

 閑話休題.  「慣れ」とは反対に,「緊張」を描いた作品といえば,かがみふみをが顕著であろう.

ちまちま (アクションコミックス)

ちまちま (アクションコミックス)

 かがみの作品は様々なレビューサイトで評価されているように,そのむずがゆい,身体が接触してドキマギする様子を描くのが非常に上手い作家である.この構成要素としてあるのが,「緊張」であることはいうまでもない.

 「慣れ」の関係に価値判断を差し挟むようなものではない.そうではなく,そのように関係性が変化した様に愛おしさを感じるのだ.

 つまり何がいいたいかというと,こういった関係性を持てる人が早く欲しいね!ということなのだ.

*1:第1巻,4-8頁

*2:たとえば「おならの危険性」というサイトも存在する